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<title>立禅はいいな：新着情報</title>
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<title>立禅の心地よさ　8年継続：記録：立禅はいいな</title>
<link>http://ritsuzen.joju.xyz/%E8%A8%98%E9%8C%B2/0047.html</link>
<description><![CDATA[どう書いたら正解なのかが分からないのですが、最近は立禅が気持ちいいものだと実感している。

以前感じていた心地よさとは微妙に違う心地よさを感じている。

以前はボヤーっとしているような、心地よさを感じていたように思うが、今は全身が静まっていると言うか、静かな落ち着いた気分という感じでしょうか？。

自分の感じなのですが的確に表現できないような感覚なので、無理に表現しないようにします。

では、ものすごい効果が体感できたかというと、そうでもないのがちょっと残念です。
健康面でも特に、素晴らしい効果があるといえるほどではないと思える程度だし、精神的にもどんなものなんだろうと思える程度。

でも、8年以上続けているということは、続けたい何かを感じているからかもしれないと思う。

途中、入院したりしたときも、立てるようになったら病室で実行していたし、まあ、立禅や腕振りをやっていれば健康になれるみたいな思い込みがあるからなのかもしれない。

今のところ、立禅もスワイショウも継続していくつもりなので、今後も書きたいことがあれば、書いていきますが、あまり大きな変化や体感がないので、書くことがないのも事実です。

ただ、立禅を実践していなかったら、あのときだめだったかもしれないというような気持ちはあります。
立禅を実践してきたおかげで、今も生きられているのかもしれないという感じです。

真実は不明ですが、自分で信じた道しか進むことはできないので、私はこの道を進み続けます。

70歳になって、人生最高の健康状態だなんて書けるようになればいいかな　なんて思っています。]]></description>
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<title>立禅　四年継続：記録：立禅はいいな</title>
<link>http://ritsuzen.joju.xyz/%E8%A8%98%E9%8C%B2/0046.html</link>
<description><![CDATA[立禅を四年継続。

立禅を継続した感想は、以前から書いているように、あまり大きな変化は実感していない。

ダイエット的な効果はまったくなかった。


ただ、神経痛のような痛み、首の激痛、肩の激痛、背中の激痛といえるような、激痛をともなう症状は、全くでなくなった。

この、痛みを伴う症状がなくなったのが一番大きな変化なのかもしれない。

本当に数年前は、年に数回、首・肩・背中の激痛をともなう症状が発症して、その都度、苦しい思いをしながら生活していた。

もちろん、そんな症状が出ていても仕事はしていた。
だから、大したことないといえば、大したことではないのだけれども。

その痛みは、まさに激痛、
一瞬「うっ」とうなって、動けなくなるような痛みがあった。

そのような、痛みをともなう症状は、全く出ていない。


だから、すごく健康になったとか、すごく元気になったというのではない。

いつのまにか、なくなっていたという感じなのかな？。
なんとも、表現が難しい。



ただ、さらにいうなら、そんな曖昧な変化しか実感できないのに、ほぼ毎日実行し続けている。継続している事実。
これが、一番の効果であり、その継続力が一番実感できる変化のように思う。

なにをやっても、三日坊主だった私が四年間、毎日のように実行し続けている功法。
これが立禅です。

ただ立つだけの健康法。
ただ立ち続けるだけの健康法。

とても簡単で不思議な功法。

そんな立禅との付き合いも、四年過ぎたんだな～。

もう、生きているかぎり実行し続けるような気がしている。

おそらく、そうなのだろうと・・・・。]]></description>
</item>

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<title>立禅継続中：記録：立禅はいいな</title>
<link>http://ritsuzen.joju.xyz/%E8%A8%98%E9%8C%B2/0045.html</link>
<description><![CDATA[立禅とスワイショウ（腕振り）を継続中です。

４年目の今も明確な変化は感じないですが、ほぼ毎日継続中です。

以前から書いていますが、明確な変化は感じないですが、痛いところや定期的に痛みが出ていたっものは、ほとんどなくなっています。

でも、持病が解消したのかというと、未だ通院中なので、明確な変化は感じていないと書いてます。


それでも、気持ちよさも継続しているので、まあいいかな～って感じですね。


興味のある人はお薦めです。

特に難しいこともないですし、気持ちいいことを気持ちいいだけやればいいという指針で実行するなら、辛いこともないからです。

その上で、健康にもいいし、ダイエットにも効果があるなんて、いいことだらけです。

私の場合はダイエット効果はありませんが・・・・。

おそらく、全体的な健康面に良い影響が出ているのだと思っています。


一番の効果がその精神的な安心感というか、自信のようなものだと思います。

私は効果を感じなくても毎日のように立禅とスワイショウ（腕振り）を継続しているという自信がついてきているのだと思います。


これから、本当の健康体になってゆくんだろうという期待を持ちつつ、期待しすぎないように継続します。

ただ、どちらにしても、気持ちいいことを気持ちいいだけ実行するだけなので、継続は難しいとは思いません。]]></description>
</item>

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<title>立禅継続のコツ：やり方：立禅はいいな</title>
<link>http://ritsuzen.joju.xyz/%E3%82%84%E3%82%8A%E6%96%B9/0020.html</link>
<description><![CDATA[立禅継続のコツといっても昔から言われていることでしかない。


気持ちよく立つ
細かいことは気にしない
効果を期待はしない



【気持ちよく立つ】

まずは、大前提として、毎日気持ちよく実行すること。
「気持ちいい」ことを「気持ちいい」だけ行なうだけ。

これは、本当に大切なことだと思う。
一応修錬なので、若干の辛さはあるが、それよりも「気持ちいい」感じがあるように行なう。


仕事などのように、やらなければならないと考えないこと。
「やりたいときにやりたいだけやればいい」と気楽に考える。

それでも、意外と毎日できるものだから。


【細かいことは気にしない】

独習者は細かいことは気にしないで実行しましょう。
だって、独習なので・・・・・。

それでは我流になって効果がないのでは？？、等々悩まないようにしましょう。

第一の目標は「気持ちよく立つ」ことだと考えて、気持ちよく立てるよう工夫するだけにしたほうがいいと思う。

とにかく気持ちよく立つだけを実行し続ける。
形や要領は真似てもいい、そのうえで気持ちよく立つことを実行する。

気持ちいいなら毎日やりたくなりますからね。


【効果を期待しない】

例えば、「一年やったのに、あまり効果が現われない」みたいに思わないこと。

ちなみに、管理人は三年以上継続していますが、劇的な効果はありません。

ただ、いつの間にか、定期的に発症していた体の痛みが、出なくなっています。
つまり、痛いところがなくなってきました。

だけど、持病が完治したとかは、未だありません。

それでも、気持ちいいから毎日実行します。

なので、ここでも、「気持ちいいからやる」程度のレベルでいいですね。


伝わりましたかね？。

とにかく、立禅関連は気持ちいいことを気持ちいいだけ行なう。

こんな簡単な秘訣を実行し続けるだけで、毎日気分良く居られるなら最高です。

難しいことは何もありません。

ただ、気持ちよく立ち続ける。
ただ、前後に腕を振り続ける。
ただ、身体を捻って腕を振り続ける。

こんな感じで、簡単なことを、気持ちいいだけ実行し続ければいいです。

気持ちいいから、これからも立禅関連を継続していこう！！！]]></description>
</item>

<item>
<title>立禅を続けて：記録：立禅はいいな</title>
<link>http://ritsuzen.joju.xyz/%E8%A8%98%E9%8C%B2/0044.html</link>
<description><![CDATA[立禅を続けてきて思うことは、いいときもあれば悪いときもある、以前となにも変わらない。
だけど、立禅を続けたい。
そんな感じですかね？。

そう書いたけど、先人がたが言っているように、以前年中行事のように身体の痛いところが断続的にあったのが、今ではまったくと言っていいくらいに解消している。

疲れや、その時の体調によっても違うが、定期的にあった痛みが出てこないのは本当にすごいと思う。

だけど、そんな効果は普段忘れてしまい、もっともっとと思ってしまう。
この気持はあまり良くないのはわかっている。

練功の注意点によくあるように、効果を期待しすぎるのは良くないということ。
なので、今の自分を受け入れてありのままにただ立禅を行なうようにしたい。

身体に発生していた痛みのほとんどは解消されているのに、持病は良くなっているわけではない。
現在も持病は治療中のまま。

でも、その持病があまり気にならなくなっているのは確か。
立禅を行なっていれば、いつか良くなるだろうみたいな気持ちでいられる。

この気持が正しいかどうかはわからないが、かなり可能性は高いと思っている。
先に書いたように、以前から毎年発症していた痛みが解消したということは、何らかの変化が現われていることだと思うから。

なので、今後も継続していこう。]]></description>
</item>

<item>
<title>立禅　三年継続：記録：立禅はいいな</title>
<link>http://ritsuzen.joju.xyz/%E8%A8%98%E9%8C%B2/0043.html</link>
<description><![CDATA[立禅を三年継続しました。

いつの間にか三年超えた感じです。

あまり、大きな変化も感じませんし、とくに健康になったとかもないように思います。


ただ、立禅を始めて数ヶ月後から、体調不良で休むことがなくなったように思う。

よく覚えていないが、最近は休むにしても、体調が悪いということがない。

これは、持病が改善したということではなく、気にならなくなったということ。
相変わらず、高血圧や高脂血症の治療は継続しています。


でも、以前感じていた不整脈のような症状や、首や背中が神経痛のように痛むような症状はまったく出なくなりました。
これだけでも、相当楽になったと思います。


なにが良いか悪いかは、今の所わかりませんが、とにかく痛いところは殆どなくなって、内臓の違和感を感じている部分がまだ少し残っている感じです。


この不思議な立禅に出会えて、本当に感謝しています。

この三年間で、ただ立禅をやるだけでいいというような、変な安心感が根付いてしまった。

私が立禅を始めた頃から見ている人もいて、会社でも笑われたこともあったけど、それでも、続けたいと思い、続けてきた。
人目も気にせずに・・・・。
（普通は部屋とか、人目につかないところでやってます）



私自身が一番不思議に思っている。

なぜ、ただ立つだけの立禅をやりたいのか？。まったく説明できない。

とにかく、やると気持ちいいので、やめられない感じ。

なにが気持ちいいのかも説明できないけど、とにかく気持ちいい。

それは、気持ちよく行なうことを基準としてやっているからかもしれないけど、不思議と気持ちいい。


こんな感じの説明では、まったく伝わらないかもしれませんが、面白いですよ、本当に。

そして、私がこれほど継続できて、しかも、やりたくて仕方ないみたいな方法は、立禅が初めてです。


私にとって、立禅とスワイショウは一生モノになりそうです。

これからも気持ちよく続けていきます。]]></description>
</item>

<item>
<title>立禅とスワイショウはいい：記録：立禅はいいな</title>
<link>http://ritsuzen.joju.xyz/%E8%A8%98%E9%8C%B2/0042.html</link>
<description><![CDATA[本当に立禅とスワイショウは気持ちいいんです。

実修の基準として「気持ちいい」こととしているからでしょうか？

本当に気持ちいい、毎日やりたいと思えてしまいます。


何度も書いてますが、こんなふうに思える功法は初めてです。

本当にいろいろなものをやってきましたが、立禅とスワイショウほど簡単に始められて奥の深いものがあるのだろうかと思えてしまいます。



じゃあ、何をやってきたんだ？、というと、

気功（内養功、周天功）、仙道、ヨーガ、密教、簡易強健術、西野流呼吸法、瞑想等々、まあ、それなりにかじってきました。


なかでも、ヨーガ、密教、西野流呼吸法、瞑想はキチンと先生について習いました。

どれも良かったのですが、その道場を離れると、自然消滅的にやめてしまいました。

良いなら続けてればいいのにと思いますが、それができないのが私でした。



その私が独習で立禅を始めてから、もうすぐ三年になろうとしているんです。

このこと自体が立禅の効果と言えるように思ってしまいます。
本当に不思議な功法です。



先に書いた行法は、たまにやったりしてますが、毎日やることはありません。

立禅とスワイショウだけが、毎日行う日課のように、私の生活に定着してしまったのです。



自分自身が一番驚いている、不思議なことだと思います。



ただ、気功をやってた頃に「站粧功」をやったこともあるんですけど、そのときはすぐにやめました。
だって、退屈だし、こんなの何年もやれるわけないと、すぐに判断したからですね・・・。



それが、今回は三年続いているんです。
あと数日で・・・・。

しかも、毎日やりたくてしょうがないという気持ちでです。



気持ちいいことを基準にして、立禅やスワイショウを行なうと、またやりたいと思えるんですね。



立禅をやり始めた頃、会社の休憩時間に立ってると、笑われてましたけど、今では笑う人もいなくなりました。
（人を抱いているような格好に見えるらしく、欲求不満ですかとからかわれました）

なるべく人に見られない場所で立つようにしているのもありますが、それでもたまに見られてしまいます。

それくらい、いつでもどこでも、立禅とスワイショウがやりたくなってしまうんです。

電車やバスの待ち時間はもちろん立禅してます。
（このようなとき、手は自然におろしています、が、前方で風船を抱えたくなります）



今、偶然目に入ったので読み返してみたら、2018/01/31の記事で首筋から背筋に激痛があることを書いている。

当時までの私は、年に数回このような痛みが発生していた記憶がある。
しかし、この時が最後のように思う。


今でもたまに、首や肩が凝ったような感じになるときはあるが、立禅とスワイショウで軽減され、ほとんど気になることはない。

ということは、先人たちが言っているように、痛いところが全部治るみたいな現象が現われているのかもしれない。

痛みに関しては間違いなく軽減というより、解消している。



その他の病気については未だ改善されているとは言えない。

でも、いずれは、全部改善されてしまうのだろうと思えるから不思議だ。


そんなこんなで、もうすぐ三年になります。]]></description>
</item>

<item>
<title>立禅・スワイショウ 200614：やり方：立禅はいいな</title>
<link>http://ritsuzen.joju.xyz/%E3%82%84%E3%82%8A%E6%96%B9/0019.html</link>
<description><![CDATA[まず、立禅とスワイショウの順番はその時の気分で変えたりしている。

現在一番多い順番は、立禅、スワイショウ前後、スワイショウ回転の順番で50分から１時間ていど。
もっとやりたいときは、体操をやったりするが、今はそれほど時間が取れない。

これを、朝晩の二回行ないたいが、一回の日が多くなっている。

立禅
【立ち方】
・肩幅程度に足を開いて楽に立つ
・気持ちよく姿勢を調える（背筋を伸ばす）
・ちからを抜いて全身をゆるめる
※気持ちいいことが基準（頑張ったり、無理は禁物）

【手の形】
・胸の前で大きな風船を抱えているように、ふわっとした感じで
（今、そこに固定されているような感じがしているので、あまり明確に書けない）

【重心】
・一番楽に立てる立ち方をしているので、気にならない
・全身を点検して、ちからを抜いて全身をゆるめる意識で、自然な位置に重心
（今、足も固定されているような感じがしているので、明確に明確に書けない）


とにかく、一番楽に立てる立方で、気持ちよく立つことを基準に進めてきた。
あまり、細かいことを気にするより、とにかく実行することが大切に思う。


スワイショウ
【前後】
・立ち方は立禅と同じ
・腕を前後に振る（平行に前後に振る）
・腕振りで、ちからを抜いて全身をゆるめる感じ
※気持ちよく楽に行なう

【回転】
・立ち方は立禅と同じ
・腕を左右に回転するように振る
・腕だけを振るのも、体の中心軸を回して振るのもいい
・腕振りで、ちからを抜いて全身をゆるめる感じ
※気持ちよく楽に行なう


スワイショウも気持ちいいことが基準で、気持ちよく楽に行なうことを意識して進めてきた。
これも、細かいことを気にするより、毎日実行することが大切に思う。



現在の実習は、こんな感じでいい加減にやってる。
これが面白い。
これが楽しい。
なんともいえない、いい感じがする。

本当にやれない日は、やりたくて仕方ない感じになる。

今では、友人と飲みに行ったりして、その日の立禅スワイショウができないのは、もったいなく思う。
それより、一人で立禅スワイショウをやる方がいいと思ってしまう。
変人になってしまったかもしれない・・・。


【追記】
順番を変えるのは、朝立禅スワイショウをやりたいけど、やれないような気分のとき、スワイショウ前後で気分を乗せてから、立禅をやったり、スワイショウ回転・立禅と進んだりする。

「やるべきことにしない」というのも心がけている。
過去の訓練を振り返ると、やるべきこととして、無理やり毎日実行しようとしていた。
そのような心境だと、一度の挫折で（できない日があることで）断念してきた。

なので、気楽に楽しむ。
テレビやゲームでも楽しむように、時間があれば楽しみながらやるような気分で続けている。


とにかく、いい気分で気持ちよくできるようにやっている。
「気持ちいいことを、気持ちいいだけ行なう」ことを基準にしている。

現在の結論
気持ちいいことを基準にして、気持ちいいことを気持ちいいだけ行なえばいい。
というのが、今の結論。]]></description>
</item>

<item>
<title>立禅大好き：記録：立禅はいいな</title>
<link>http://ritsuzen.joju.xyz/%E8%A8%98%E9%8C%B2/0041.html</link>
<description><![CDATA[とにかく、立禅がしたくてしかたない感じです。

でも・・・、寝坊したりで、今朝もできなかった。

それでも、ほぼ毎日一回以上は立禅しているので、それなりに慣れてきたと思う。


来月で三年になりますから、少し離れてこなければね。

それよりも、期待していた効果はというと、ほとんど感じません。
と、書くと語弊があります。

明確な感覚はないのですが、以前年間行事のように痛みが出ていたものが、まったくなくなってます。

肩や首の痛み、コリ、すじの痛み等々、ほとんど感じなくなりました。
本当は、これはすごいことなのかもしれません。


今の所、それ以外の持病などは、改善されたとは言えません。

ダイエット効果に関しては、かえって太ったように思います。


それでも、立禅をやりたくて、毎日やりたい気持ちです。



立つ感覚は正直良くわからなくなっています。
手足が痺れているような、固定されているような感覚で、気持ちいいんだか悪いんだか、よくわからないんです。

でも、全体的には気持ちいいので、そのまま続けてます。

そんなこんなで、もうすぐ三年生です。
早いものですね、このサイトを書き始めてからも三年ということですからね。

本気で一生続けるつもりで始めたんですが、今までのものと違い、本当に続いています。
過去の修練法も一生続けるつもりではじめても、三年続いたものはほとんどありませんね。
毎日のように実行して、三年続けるのは、大変といえば大変なことなのですね（私にとっては）
しかも、義務的におこなうのではなしに、やりたいからやるような気分でです。

この気分は大きいと思います。
今までの修練は、なにをおこなうにしても、毎日やるべきだとか、やるべきこととして、自分自身無理してやってきたように思えます。


だけど、この立禅関連では、気持ちいいことを基準に、気持ちいいだけおこなうことを実行してきたので、本当にやりたい気持ちが強いです。

最近の日課だと、
立禅、スワイショウ前後、スワイショウ回転、の感じですかね。
全部で50分くらいです。

一時期は一回一時間以上やったりもしましたが、朝晩の二回一時間以上の時間を取り続けるのは、実際難しすぎたので、今の時間にしました。


もう、効果がどうのとかは、どうでもいい感じになってます。
だって、気持ちいいし、楽しいし、他のなにをやるよりも、立禅関連をやりたい気持ちが強いんですから。

これは本当に面白いことですよ、不思議なことです。

なにもしないで立ってるだけの時間、ただ、ぶらぶら腕を振ってるだけの時間のなにが楽しいんでしょうかね。
私にもわかりません。


ただ、気持ちいいし、面白いからやってるだけなんですね。

ホント、そんな気持ちになってる自分が面白いです。(^o^)]]></description>
</item>

<item>
<title>立禅の毎日：記録：立禅はいいな</title>
<link>http://ritsuzen.joju.xyz/%E8%A8%98%E9%8C%B2/0040.html</link>
<description><![CDATA[更新は久しぶりですが、立禅はほぼ毎日継続しています。

本当に立てない日は、数ヶ月に一日くらいありますが、それ以外は毎日やってます。

朝晩の二回を目標にしてはいますが、毎朝は難しく、夜だけの日が多いです。

独習で二年以上継続しているので、自分でも凄いなって思いますし、今でもなぜ立っているだけで気持ちいいのか不思議です。

ただ、いまのところダイエット効果はゼロですね。
痩せないどころか、太ってきましたから・・・・。
自分の不摂生のせいなのですけど、立禅とスワイショウで痩せるというのは微妙です。

ただ、体調が良くなって、痛いところもなくなるというのは本当です。
今の感じで継続していると、三年経過した頃には、健康体になるのでは？、と期待してしまいます。

ただし、そんなことよりも、毎日立ちたい。立禅したいという思いに驚きます。

そして、なぜか不思議と立禅すると体調が良くなるんです。

朝起きてだるいような日でも、立禅をすると、なんか元気になるというか違和感が解消するというか、うまく書けないのですが、気にならなくなるんです。

だから、立禅もスワイショウも気持ちいいんです。

ものすごく疲れているときも、立禅とスワイショウをやるとなんか楽になります。

一日中立ち続けて、足が痛いときも、立禅をやるとなぜか楽になります。
これは誇張しているかな・・・・。


一時期、立禅すると、更に足が痛んだりする時もありましたが、それでも継続し続けたら、疲れているときでも楽になる感じです。

さらには、立禅中も足が痛んでいるとしても、その痛みとは別に心地よさがある。


身体は痛んでも、心は安楽というような感じですかね。

だから、身体も心もすごく楽で、気持ちいい日もありますが、
身体は痛かったり、辛かったりするけど、心は心地いいみたいな日もあるというのが現状でしょうか。


まだまだ、これから立禅が体に馴染んでくるのでしょうかね？。



もちろん、立ち方も立っている感覚も以前とは違ってきている。
だけど、どこがどうというのは難しすぎる。

そのときに気持ちいい立方でいいというやり方なので・・・・。


気持ちいいことが基準。
これだけを頼りに進めてきているので、足の幅がとか、向きがとか、手の位置がなんてこだわらなくなってしまった。

どうでもいいから、長く気持ちよく立とうみたいな感じかな？。


今の私のやり方は、気持ちいい立禅を気持ちいいだけ続けるみたいな・・・。
ただし、呼吸の回数は設定している。

まあ、難しいこと考えても私には無理なので、気持ちいい立禅を気持ちいいだけ続けていきます。

また、書きたくなったら書いてみます。]]></description>
</item>

<item>
<title>立禅居眠り：記録：立禅はいいな</title>
<link>http://ritsuzen.joju.xyz/%E8%A8%98%E9%8C%B2/0039.html</link>
<description><![CDATA[久しぶりの更新です。

相変わらず立禅とスワイショウを継続しています。

ここ最近のメニューは、スワイショウ：2000回、立禅：40分　て感じです。

立禅で居眠りしているような心地いい感じになることが多くなった。
正しい反応かどうかは分からないが、気持ちいいから正解としている。


健康に良いとかも大切なことですけど、効果が有るか無いか分からないとしても、気持ちよければやり続けることができます。
だって、気持ちいいんですから。


ただ、このメニューで毎朝とかは今の所できません、夜だけとかになりがちで、一日一セットの日がほとんどです。

休日等は朝晩の二セットやってます。


今朝もスワイショウ１０００回しかできませんでした。
夜はスワイショウ２０００回やって立禅でゆったりしたいと思います。



スワイショウは一日２０００回やると、あらゆる病気が治るらしいので、２０００回にしました。
これが嘘か本当か自分自身で検証してみます。


それよりもなによりも、立禅もスワイショウも気持ちいいから続けてきたし、気持ちいいから長く（多く）してきた。


今の私の感じでは、立禅もスワイショウも居眠りのように心地いいものです。

当然身体にいいからやり始めたことですけど、それ以上に、気持ちいいから続けていられるんです。



何度も書いていますが、三日坊主の私が二年以上一人で続けてこれているのが、気持ちいいことの証明だといえます。]]></description>
</item>

<item>
<title>立禅が習慣になったかな：記録：立禅はいいな</title>
<link>http://ritsuzen.joju.xyz/%E8%A8%98%E9%8C%B2/0038.html</link>
<description><![CDATA[立禅を始めてから、一年と十ヶ月くらいだ。

立禅関連の修練が気持ちいいことであるのは確かだけど、健康にもスマートにもなったとは思えない。

ただ、あまり食べなくても我慢できるというか、平気になったけど、それでも痩せないんだね。

まあ、今となっては、痩せても痩せなくてもいいと思っているし、特に健康になりたいとも思わなくなっている。


それでも、気持ちいいから、立禅を毎日やりたいだけなのかな？。

やっぱり、立禅関連の修練で痩せたり健康になったりするという目的がどこかにあるように思う。
それは、あるだろうね。

だけど、以前ほど熱望していないというか、どちらでもいいかなって思える。

とにかく、毎日立禅を行ないたいだけで、立禅ができる身体の状態であれば良いとも思える。


でも、痛いところがあったりするのはやっぱり嫌だ。
痛いところがなくて、軽やかに生きたいかな。


そうだね、以前のように嫌な痛みがあるところはほとんどなくなったのかもしれない。
よく思い出せないけど、以前のように気分が悪いまま過ごす時間は少ないと思う。

それくらい、気にならなくなっているということだね。
これは、立禅の効果なのかもしれない。


ということで、二年前の立禅に対する期待ほど効果が現れていないけど、残念とか思わない。

もっともっと、立禅をやりたい気分になる。

本当、不思議な功法だ。


立っているだけなのに、面白いし楽しい気分になる？。


ああ、多分睡眠のような安らかさがあるのかもしれない。


数息にしろ、カウントにしろ、他のことを考えているとうまくできないので、それなりに統一されている。

だから、雑念はあっても、雑念に巻き込まれたままでいることはなくなっているのかもしれない。

それが、立禅の気持ちよさの原因だと思う。


こんなことは、はじめの頃にもかいた記憶がある。

これが集中しているってことだなんてね。


今は、集中していてもいなくても、なんでもいい感じ。

数息でも、カウントでも、それ以外の意念でも何でもいい。


そのとき、気分良く、気持ちよくできるものなら何でもいい。

そんな感じかな？。


とにかく、立禅を初めてから、もう少しで二年になる。
未だ飽きずに続けていることと、もっと続けたい気持ちを感じ続けている。

これは、本当に不思議な功法なんですよ。


これからも、楽しみながら続けていきます。]]></description>
</item>

<item>
<title>やりすぎてたかな？：記録：立禅はいいな</title>
<link>http://ritsuzen.joju.xyz/%E8%A8%98%E9%8C%B2/0037.html</link>
<description><![CDATA[注意していたつもりだったが、やりすぎていたようだ・・・。

実際のところ、やりすぎだったのかよくは解らないが、朝晩の二回一時間以上の錬功はやりすぎだったようだ。

それ以外にも、仕事中はほとんど一日中立っているようにしたので、足に負担が多すぎるのかもしれない。

でも、４～５０分くらいにすると、気持ちいいだけの錬功に戻る。

気持ちいいことを基準にして進める以上仕方ない。

本当は、二時間とか三時間、立禅で安らぎたいのだけれど、今の自分には無理なようだ。


今は立禅のやり方も少し変わって、数息で行なっている。
それは、立っているとき以外も、同じ意念で統一したいと思ったので、数息にしただけで、あまり深い意味はない。

ただ、数息をやると、呼吸に力を入れがちなので、自然呼吸を意識して、楽に行なうようにしている。

あまり、呼吸に力を入れると、３００息で一時間以上になったこともあり、後日に弊害が出ると困るので、楽に行なうことを意識している。

まあ、呼吸にも力が入ってしまうので、当然脚にも力が入っているのだろうと思う。

もっと体を緩めて自然体で立たないと、安静にならないだろうな、と思う。


それでも気持ちいいんだから、この立禅はやめられないな！。

本当に不思議だけど気持ちいい。

ただ立っているだけの錬功が気持ちいいんです。

それでも、外面的にはただ立っているだけの立禅も、内面では大変な活動をしているといえる。

日常では意識しない弛緩や重心を意識して、身体を安定させようと見張っている感じかな？。
これが、気持ちいい秘密のような気がする。

自然に集中してしまうのだろうな、と思える。


だって、立って自分の身体を感じていると、なにか違和感を感じるところや、緊張を感じるところがあったりして、そこを緩めようとすると更に緊張したり・・・、なぜかスーッとそこが楽になったりと、面白いことの連続なんですね。

１０分、２０分はすぐすぎてしまうんです。
そして、もっと立ち続けたいなんて欲求が出てくるとハマる。

気持ちよさを超えて続けると、ろくな事はない・・・。
これは、独習者には厳禁なのでしょう？？。

とにかく、気持ちいいと感じるだけやる。
気持ちいいことを、気持ちいいだけ続ける。
気持ちいいことが原則で、気持ちいいことが基準。


これを、自分自身に何度も何度も言い聞かせ続けている。
だって、すぐに辛く厳しい訓練のほうがいいって思いが出てきてしまうから・・・・。


だから、これだけ続けてきた立禅を振り返っても、気持ちいいことを基準に行なってきたから、継続できていると解っている。

解っているんだから、迷っちゃだめ。
気持ちいいことを原則に、気持ちいいだけやる。

それだけでいい。

あとは、好きなことをして、楽しく過ごしていればいいのに・・・。



さあ、気持ちを切り替えて、気持ちいだけ立禅をやっていこう。
これからもズーッと、気持ちいい立禅を続けていこう。]]></description>
</item>

<item>
<title>気持ちよくて楽しい：記録：立禅はいいな</title>
<link>http://ritsuzen.joju.xyz/%E8%A8%98%E9%8C%B2/0036.html</link>
<description><![CDATA[立禅は本当に不思議な功法です。

今までは何をやっても長続きせず、あれこれ手を出してはやめてきた私が、立禅だけは続けています。

しかも、やらなければいけないとかいう思いではなく、やりたいからやっているだけなんです。

立てば気持ちいい。立つことが楽しい、という感じで、立てないことが苦痛にも感じてしまいます。


ただ、力を抜いて立つだけの功法が、気持ちよくて、楽しいなんて、何をどう考えても不思議としか言えません。


「立禅で立ち続ければ健康になれる」というような言葉にひかれて始めたとしても、何も問題ないです。

最初は、一定の姿勢で立ち続けること、その上で力を抜くこと、重心を足裏の中心からつま先寄りに置く。
この、姿勢と脱力と重心をチェックしているだけで、時間が過ぎてしまいます。


たった、これだけの繰り返しを毎日し続けているのですが、飽きませんね。

毎日違った楽しみが出てくるという感じで、ものすごく体調が悪いと感じるときでも、立禅が終わる頃には、体調が改善していたりもします。

なので、調子悪いからやらない！。のではなくて、調子悪いから立禅しようって思えるんです。

また、気分の悪いときも同様で、気分が悪いから立禅でもするか！！、みたいに立ちます。

それでも、立禅が終わる頃には、気分が良くなったり、気にならなくなっていることが多いです。


嫌な気分のままというのは、殆どなくなってしまったかな？。

以前の私は気分の悪い日は一日中、嫌な気分で過ごしたものです。
それは、まったくなくなってしまった感じです。

そう考えると、まったくなくなってしまいましたね。


嫌な気分になることはありますが、それが続くことは、ほとんどなくなりました。

たまたま、そういう出来事がなかったわけではありません。
人生でも最大規模の問題が、しかも、複数起きていました。

当然、その時は嫌な気分になりますが、それからの気分転換は簡単にできるようになったのかな？。

実際には、何もしていないので、よく解らないのですが・・・。

立禅で、ただ立ち続けるだけで、気分も変わってしまうということなのかな？？。


たまに、今、催眠状態になっているのか？？。
と思うようなときもありますが、そんな精神状態も関係あるのかもしれません。


今は、立ちながら寝ているような状態の時もあり、倒れそうになることもあります。
（これが正しいかどうかは解りません）

でも、気持ちいいからそれで正解と割り切っています。


人の言葉や書籍ではなく、自分が気持ちいいことを基準とする。
そう、決めて始めた、立禅関連なので、なんにも迷いません。


本や人の言葉を正解としないで、気持ちいいことを正解とする。
これが、良かったのでしょう。]]></description>
</item>

<item>
<title>立禅の不思議：記録：立禅はいいな</title>
<link>http://ritsuzen.joju.xyz/%E8%A8%98%E9%8C%B2/0035.html</link>
<description><![CDATA[立禅関連を一年以上継続してきても、あまり変わったとは思えない。
とくに健康になった実感はないし、人生が大きく変わったとも思えない。

また、ダイエット効果は今の所まったくないといえる状況だ。


だけど、体の痛いところは殆どなくなった、少し違和感や痛みがあるところは残っているが、気にならないレベルになった。
これは、冷静に考えると、かなり大きな変化と言えると思うけど、実感としてよく分からない。

自然に少しずつ改善してきたせいなのかもしれないし、良くなって当然という思いもあるのかもしれない。

ただ、立禅を始めた頃の記録を読み返しても、痛いところが多かったし、違和感や不調が多々あった。
そんな体調がほとんど気にならないところまで回復したということかもしれない。

なんとも不思議な功法だとしかいえない。


期待してはいけないと思いつつも、人生の劇的変化を期待してしまうのは、私の悪い性質。

そんな思いをごまかしつつ、立つことが目的で、それ以外のことは求めないと、自分に言い聞かせてきた。

何が正しくて、何が正解なのかも解らずに、ただがむしゃらに進んできた感じかな？。

立禅とスワイショウの効果を信じて、立つことだけを目的にして、欲求を排除するつもりで・・・・。

ただ、気持ちよく立てることを目的として続けてきた。

それだけが、ここ一年余りの支えになっていたと思う。

本当に不思議で効果的な功法だとは思う。

だけど、その良さを書き連ねることができない。

それは、先に書いたように、その変化はあまりにも曖昧で、無自覚であるから。
自分でも本当に変わったのか、改善されたのかを明言できないでいる。

ただ、今の実感として、痛むところや不調と感じるところは皆無になりつつあると・・・・。

こんな書き方で良いのか？。とも思うけど、本当のことなので仕方ない。

自然にいつの間にか変わっているんだろうなと思える。
それには、なんの感動も達成感もない。

ただ、毎日の立禅関連をやったあとの達成感のような感覚だけが思い出される。

毎日、あの気分を味わいたくて、繰り返しているとしかいえない。


「気持ちいい」ことを基準として進めてきたからかもしれないし、違う要因があるのかもしれない。

とにかく、不思議で気持ちいい功法であるとしかいえない。


ただ、確実に言えることは「気持ちいい」ことを原則として、気持ちよく立つことだけを意識し続けてきたのは、正解なのだろうということ。

その理由としては、数十年間様々なトレーニングを独習してきて、何一つ物にならなかったし、継続もできなかった私が、一年以上、ほぼ毎日、継続してきたこと。
これは、かなり重要な根拠と思える。

次に、無心になるなんてことは難しいことであり、自分が悪い方向に行ってしまうのでは等と恐れていたのが、皆無になった。
すべてを委ねて無心になりたいと思えるし、安心して委ね、無心になれる気分になっている。
※書いていて思うけど、これは劇的な変化と言えるのかもしれない。

ただ、こころはあまり動かないので、感動的な感覚はない。
本当に不思議だね。

褒めたりけなしたりで、読んでいる人には伝わりにくいかもしれませんが、自然にすべてが改善されるとしたら、良くないですか？。

おそらく、私は今その過程にいるのだと思います。

しかも、すべてが自然に進むので、ほとんど感じないし、感動もない。
ただ、心の安定と、う～ん。なんて書いたら良いのか。
充足感のような感じかな？。

立禅ができればそれだけで満足みたいな・・・・。
変なやつの言葉に聞こえたらごめんなさい。

だけど、仕事は普通にしていますし、ほとんど休みなく働いていますからね。
業績も上々だし・・・・。

それも、依然のように頑張って、無理してなんて努力は一切放棄したのですが・・・。
業績は上々なんです。

これが、立禅の効果なんて言うつもりはないですけど、精神状態には大きな影響を与えられていると思います。

人生全般に「気持ちいい」こと＝「気分いい」ことが基準になってきたからですかね？。

よくわからない、不思議で楽しい功法なんです。

これからも立禅を楽しみながら生きていきます。]]></description>
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<title>立禅は気持ちいい：記録：立禅はいいな</title>
<link>http://ritsuzen.joju.xyz/%E8%A8%98%E9%8C%B2/0034.html</link>
<description><![CDATA[本当に立禅は気持ちいですね。

こんな不思議な功法に出会えて感謝しています。

以前から書いていますが、過去何度か立禅はやってみたことがあったのですが、その時は辛いだけの退屈な修練だと感じていました。

だけど、今回はネットで調べた情報をもとに「気持ちいいことを基準」にして、やり始めた立禅関連は、本当に気持ちいい、素晴らしい功法だと感じています。

すでに、一年以上、ほぼ毎日朝晩２回、実行し続けてきた立禅。

たちはじめ不調を感じても、終わる頃には気持ちよさに変わっている。

今でも、これは不思議に思うことですが、事実なので仕方ない。


体調が悪いから立禅でもやるか。みたいにやっても、心地よくなる。

体調が悪い日でも、立禅をやったあとはいい気持ちになれる。

そんな不思議な功法です。


力を抜いて立つことが少しわかってきたようにも思う。

自分の力で立つのではなく、体の立つ力に委ねている感じかな？。
よくわからないし、分かる必要もないと思える。


立禅とスワイショウは、毎日の日課になってしまったし、生活の一部というより中心になりつつあるのかもしれない。

仕事以外で、これだけ毎日何かをすることがあるだろうか？。

毎日２時間位を立禅関連につかっても、まだやりたい衝動が湧き出る。

やりすぎると、継続できなくなると思い返して我慢するようにしている。


毎日、毎日、立禅をしたくて・・・・。

そんな気分になることは予想していなかった。

なにか、健康に良いことをしようくらいに始めた立禅・・・・。


健康になっているかはよくわからないけど、気分がいいのは間違いない。

ただ、痛いところ、辛いところが少なくなってきたようには思うけど、あまり気にしない。
（ん？。それって大きな変化なのか？）


体は良くなってきているのかもしれない。

確かに、痛いところは少なくなってきた。
何も気にならないレベルまで・・・・。

よくわからないけど、わからないレベルになったのは凄いのかも。


以前の、毎日どこかが痛い、どこかに違和感がある。
いつまで生きられるか・・・。
なんて考えていた日々を忘れてしまったのだから。

まだ、自分で健康になったとか、体が良くなったと思える変化ではないけど、気分はまったく変わった感じかな。


こんな変化を適当に書いて伝わるのかな？。

でも、すべて本当のこと。
私の実体験しか書いていない。

今までの変化が良いものかは分からないが、立禅が人生を支える大切なものになったのは間違いない。

これからも、毎日続けていくんだろうな。

私的には、死ぬその時まで続けたい習慣と思えるようになってしまった。

これからも、気持ちよく続けていこう。]]></description>
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<item>
<title>立禅 掌と足裏：やり方：立禅はいいな</title>
<link>http://ritsuzen.joju.xyz/%E3%82%84%E3%82%8A%E6%96%B9/0018.html</link>
<description><![CDATA[立禅の感覚が変わったので記録しておきます。

少し前から、掌で空気をつかむような感じで掌というか、手指全体を意識していた。

そうすると、掌や指に圧迫感のような、何かを感じる。

それが面白くて、また、腕が疲れにくくなった気もするので、続けていたんです。


で、どこかで読んだ「足で地をつかむように立つ」というのが気になりだしたんですね。

たぶん、この手指の感覚と同じようなことをいっているんだろうとね。


現実には何もつかんでいないのに、何かをつかんでいるような感じがする。

そして、その感じはいい反応がでる。
いやな感じではなくて、いい感じや疲れない感じ・・・。



それで、今日、足裏で地をつかむような感じをやってみたんです。

もちろん、初めからうまく行かないです。

色々試している内に「土踏まずで空気をつかむ」感じでやってみたんです。

そしたら、フワッとからだが浮き上がった感じで、倒れそうなくらいに感じたんです。

良いか悪いか悩んだんですけど、身体が軽く感じるからいいかな？？。
ってていどで続けてみたんです。


身体の重みをあまり感じないので、結局疲れない。
もしかして、これって正解？？。

面白いです。

本当に正しいかは、解らないので、あくまでも私の体験談として読んでください。


掌と足裏で空気をつかむと、疲れにくい。
これって気なのかも？？。

もしくは、微妙に力を入れているような気もするので、自己暗示で疲れない気がするのかも。

それは、よく分からないのですけど、気持よければ正解なので、疲れないのは正解ですね。

そして、面白い。


やるのが楽しいし、その感覚を感じるのが面白いんですね。

うまく感じるときは疲れない感じになるし、もっと続けたいって思ったりします。

でも、やり過ぎは禁物だと戒めています。


独習者はやり過ぎは禁物。
これは、過去の経験から実感しています。
まあ、美味しいものも食べすぎてお腹を壊すと、嫌いになるようなものですかね。

腹八分目で、もう少しやりたいくらいで終わりにするのが、毎日継続するコツみたいですね。

なので、立禅とスワイショウを大切に考えて、やりすぎないように、適度に続けていきます。

私、ご飯は食べすぎる習慣なので、立禅関連はとくに気をつけています。

一度習慣づけされたものは改善するのは大変ですから。


気持よく感じる程度に、気持いいだけ。
この基準を護りながら、気楽に続けましょう。

本当に気持いいからね。]]></description>
</item>

<item>
<title>いい気分：記録：立禅はいいな</title>
<link>http://ritsuzen.joju.xyz/%E8%A8%98%E9%8C%B2/0033.html</link>
<description><![CDATA[毎日がいい気分で過ごせているように思う。

これは、以前との比較なのだが、格段にいい気分でいる時間が長くなっている。

立禅を始めてからの習慣で、朝、出勤前に立禅・スワイショウを行う。

この、朝の立禅の最中からもうすでに「いい気分」になっている。

日によって違う感じはあるものの、基本的に立禅・スワイショウをやったあとは気分がいい。

そして、そのいい気分が一日中続く感じ・・・。


こんなことも、先輩方が書いていたとおりなのだが、実体験しないと信じられなかったこと。

それが、今では不思議なことではあるものの、経験として納得できた。


スワイショウ・立禅の効果は素晴らしい。


健康になったり、スマートになったり、その他諸々の欲求はあるものの、どうでもいい感じがある。

だって、気持ち良いから・・・。


立禅・スワイショウをやって「いい気分」になっているだけで、十分な感じもある。

これは、本当にやめられない習慣になったと思う。


一日の合計時間は一時間以上、平均してやっている。

それでもまだやりたい感じがするのだけど、それ以上伸ばすと、日常生活に支障が出そうなのでやめている。

本当は、もっと立禅・スワイショウに時間を使いたいけど、やり過ぎは禁物と戒めている。


一生続けていく習慣として、これからも継続していくつもりなので、仕事や家庭生活を送りながら、立禅もスワイショウも継続してけるようにする。

しかも、もっとやりたいと思う程度で止めておくのが、継続する意欲につながっているようにも思う。


まだまだ、何が正解なのか分からないですが、少なくとも「いい気分」で生活全体が満たされ始めた感じです。


これは、大変なことのように思える・・・。

今まで、いい気分でいるために、様々な方法を行ってきたし、それでもうまくできなかった。

なのに、立禅・スワイショウでは、それほど意識しなくても、いい気分でいられる。

自然にいい気分になれる。

不思議だけど、これ本当のことです。


ただ立つ、姿勢を決めて静止。

ただ腕を振る。

全身の力を抜いて、気持ちよく行う。

たった、これだけのことなのに、人の不思議なのですかね。



複雑で大変な訓練なんて不要だったと、いまさら気付かされました。


これからも、いい気分になれるように、立禅・スワイショウを継続していきます。]]></description>
</item>

<item>
<title>気持ちいいから：記録：立禅はいいな</title>
<link>http://ritsuzen.joju.xyz/%E8%A8%98%E9%8C%B2/0032.html</link>
<description><![CDATA[気持ちよければ正解という言葉にしたがって、立禅とスワイショウを続けてきましたが、

本当にそのとおりなんだと感じています。


まず、一年やれば一年分の気持ちよさ、二年やれば二年分の気持ちよさ・・・・。

のような、言葉がありましたが、本当にそんな感がします。

一年以上継続して、立禅とスワイショウをやり続けてきた中で、

ほとんど変化や成長のような実感はなかったのですが、

ふと、気づくと、気持ちよさが変わって、やればやるほど、気持ちよくなるみたい。


特に、元気になったとか、健康になったというのもないと思いますが、

やり続けたい気持ちが強くなってくるんですね。

これも、不思議の一つですが、立禅とスワイショウが気持ちいいから、続けたいんですね。


先日もちょっと、生活が大きく変わるとしても、立禅とスワイショウが毎日続けられるように・・・。

みたいな、気持ちが優先するのを感じました。

他のどんな楽しみを後回しにしても、立禅とスワイショウをやりたいって・・・。


これは、もしかすると、私の悪い性癖が出てきたのか？、とも思いましたが、

他のことを、犠牲にしてまでは、やろうとまで思わないので、そうではないと考えています。


ちなみに、私の悪い性癖とは、ガムシャラにやり続けて、疲労困憊して、継続できない。
そんな感じで、いいと思うことはやり過ぎる。頑張りすぎるところがあり、継続できない。



それが、今回の立禅とスワイショウの基準は。

気持ちいこと。

気持ちよければそれで正解。

これは良かったです。

独習者には、この基準は特に重要だと思います。


例えば、スワイショウにしても、はじめは１００回くらいで、飽きてしまっていたのが、

今は、１０００回やっても、もう少しやりたいくらいです。
（時間がかかるので、それくらいにしています）

私がやっているメニューで、スワイショウ、立禅、スワイショウ捻り、
を、各１０００でやると、７０～８０分くらいかかります。

時間に余裕のあるときは、各１０００でやってます・・・。
これが、気持ちいいんですね。

毎日朝晩、これくらいはやりたいんですが、毎日朝晩２回は難しいです。
そこで、先に書いたように、立禅とスワイショウが毎日続けられるように、
という気持ちが出てくるんですね。


とにかく、気持ちいいです。

もちろん、気持ちよく行うことを意識して、気持ちよく、気持ちいいだけやる。

こんな基準でやるから、当たり前かもしれませんけど、

それにしても、毎日できる限り、やり続けたいなんて思っちゃうんです。



気持ちいいだけで、我慢しましょう。

何事も腹八分目、少し足りないくらいが、丁度いいんでしょうね。]]></description>
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<title>気持いい：記録：立禅はいいな</title>
<link>http://ritsuzen.joju.xyz/%E8%A8%98%E9%8C%B2/0031.html</link>
<description><![CDATA[今日の立禅とスワイショウはとても気持よかったので、書いておきます。

今日の立禅とスワイショウは本当に気持いいだけだった。

意識の仕方を少し変えたと思うけど、ハッキリ解らない。

曖昧な意識、曖昧な集中にした感じかな？。

いつもより、意識を弱めて散らした感じかな？。


意識が強すぎると良くないというのは知っていたつもりだったけど、強すぎたみたい。

今日は弛緩の感覚も各部位から足裏まで流れている感じで、足裏が暖かい


以前書いたと思いますが、三線放鬆と軟酥の法の要領で、弛緩を意識しています。
かるく意識して、頭から足裏に意識を流すような感じでした。
今日は久しぶりに、気持いいだけの立禅とスワイショウになった。

これだから、立禅はやみつきになってしまうんですね。
もう、止めることなんてできないって感じです。


終わってからも足裏がジンジンしている感じで暖かいままです。

何が良いのか悪いのか、なかなか特定できないですね。


気功で明確に指導されている、集中しすぎない、意識を強くけすぎない、というのかな。

かるく意識を向けている感じ？？。
この感じが難しいんでしょうね。


私は数年どころは、数十年、様々な方法を実践してきたのに、今日が一番気持いい感じです。

頑張っちゃいけないというのも納得です。


スワイショウと立禅では、気持いいことを基準に行なうことを強調していますが、それなんですね。

辛い厳しい修行的精神だと、難しいことになってしまうんですね。


かるい気持で、気持いいだけ行なう。
本当にこれは秘訣なんですね。

気持いいことを基準にして、時間や強度を調整しながら行なうのがいいんでしょう。


これからも、気持いいことを基準にして進めていきます。]]></description>
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